私は2002年4月から信州大学がはじめた「インターネット大学院」の学生をしている。これは、私が20年以上前に「教育学部」に入学してしまった時からの、「本当はコンピュータの勉強をしたかったのに…」というコンプレックスからでもあるし、現実問題として「情報系の勉強をキチッと体系だててやっておきたい」、さらには修士ではなく博士の学位を取得しておく方が有利である、というようないろいろな理由からである。
私は、中学時代から将来はコンピュータの勉強をしたいと思っていた。しかし父親が田舎の小学校教員であり、狭い教員の世界しか知らない両親であった。そのため無理やり教育学部に進学させられた。その時から、工学系の同級生に対してコンプレックスを持つようになった。教育学部に入ってしまった後で、自分なりに何とか方向転換を図るべく、コンピュータに近い「数学」を専攻し、大学院(教育学研究科数学教育専攻)に進んだが、ある理由で「ドラスティックな方向転換」はできなかった。そしてここで諦めてしまい、博士課程には進まずに修士を出て、親の猛反対を無視してコンピュータ業界に就職した。しかし就職先はコンピュータプログラムのいわゆる「工場」であり、大規模システムを製造する「歯車」として仕事をしながら、大学院時代の友人が大学教員として研究職に就くのを見て、またもコンプレックス(というよりいまの仕事の違和感)を感じ始めていた。そのため、単なるプログラマーのくせに「情報処理学会」に入り、その学会誌に偶然掲載された現在の職場(当時は短期大学)の公募に応募して、転職をした訳である。しかし、「大学・大学院で情報科学を系統的に学んでいない」というコンプレックスが疼きはじめた。それならば、研究を進めるなり、どこかの大学の研究室に顔を出すなりして情報系の勉強ですをすればよい。それなのに、つい楽な方をとってしまい、学生の教育だけにうつつをぬかしてしまった。そして30代の10年間を無駄に過ごしてしまった。(確かに途中で大学を辞めてもう一度大学院に入ろうとしたり、近くの大学の工学部の授業を聴講したりはしたが、思い切りがなかった。)
前振りが長くなったが、そんな時、信州大学工学部情報工学科が「大学に通わなくてもインターネットだけで勉強して修士・博士の学位が取得できる大学院を開設する」という話を2001年に知った。それも「勤務先には内緒」で入学が出来るので、当時大学の上司から他大学で勉強することを禁止されていた私としては願ってもないチャンスであった。(現在は他大学での勉強も本務校の仕事に支障をきたさなければ許されている。)早速、受験をして、2002年4月より工学系研究科の学生として情報科学の勉強をすることとなった。このとき、インターネット大学院の開設を見つけてきた私の妻も一緒に入学することになった。
いざ工学系大学院生としての勉強が始まってみると、立ち上がったばかりでシステムは不安定、予想していた「講義をVODで視聴して勉強する」のではなく「自分で調べて問題を解く」のが主流のシステムであり、配属された研究室の教員からはホッタラカシの状態、と当初想像した状況とは全く異なっていた。単位を取得するためにこなさなければいけない科目もまだ整備されていず、開講されていない科目もたくさんあった。また、科目の内容もe-learningに載りやすい科目を選んだ感がぬぐえず、そのため必ずしも系統だてたカリキュラムではないように思えた。もっと言ってしまえば、「コレが大学院の科目?」という内容のモノもいくつかあった。
そのため、最初の1年半以上は殆ど手付かず状態。修士論文のための研究内容にしても、指導教官からは「LとRの音の聞き分けをe-learingにする」のはどう?などと言われて、かなりムッとした。幸い、妻は本来の仕事(薬剤師)があり、それを既に教材化したものを作っていて、これをe-learining化してめでたく修士を取得できた。私は妻の修論発表を聴きに行ったが、初代のインターネット大学院の修論発表ということもあってか、単に自分の思ったことをPPTにしただけのモノ、アイディアは自分でも作ったのは業者というモノなどなど、いわゆるドサクサに紛れて修了した人たちがかなりいたように思う。
私は結局2年では修了できず、気分的に憂鬱になった。前期課程を修了したら続けて後期課程に行きたいため、いい加減な内容の修士論文にはしたくなく、そのためずるずる時間ばかりが経ってしまった。そして2005年10月、いきなり指導教官から電話がかかってきて「休学しなさい」と言い渡された。
話は変わって、私が最近興味を持っている東大の山内祐平研究室のブログを見ていたら、きょう(7月31日)の記事で、
ディスカッションもよかったのですが、信州大学で行われているeラーニング離脱防止システムがおもしろかった。離脱気味の学生の状況に合わせて、メールや電話などで適切なアドバイスをするというものでした。時間がない場合は履修期間の延長、動機に問題がある場合は、相談と休学などが選択肢として提示されるそうです。
という話が書かれていた。まさに私の話じゃないか!信州大的には私は離脱組なのね!ショックを受けた。
確かに、大学院にもなったら自分で研究の方向も決めて、自律的に進めていかなければならない。それができなかったのは私自身の責任である。しかし、少なくともできたばかりのインターネット大学院は私が期待していた体系的な学習を十分に与えてくれたとは到底言えない。さらに指導教官のあたり・はずれも大きい。妻の指導教官は精力的にネットの学生をサポートしてくれたが、私の指導教官はさっぱりである。
まぁ~文句を言っていても仕方がないので、この夏休みにそれなりの研究をして作品を作り、来年の3月には意地でも修了すると心に決めた。
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